春歌上
春たつ心をよみ侍ける 攝政太政大臣
みよし野は山もかすみてしら雪のふりにし里に春は來にけり
めでたし。詞めでたし。初句はもじ、いひしらずめで
たし。のともやともあらむは、よのつねなるべし。
春のはじめの御歌 太上天皇御製
ほの/"\と春こそ空に來にけらし天のかぐ山かすみたな引
初ノ御句、かすみたな引へかゝれり。二の句へつゞけては心得べ
からず。空とあるを重く見て、山の名の天といふと、
相照してみべし。此集の比の歌は、すべてかゝるところに、
こゝろをこめたる物なり。
百首ノ歌奉りし時春の歌 式子内親王
山ふかみ春ともしらぬ松の戸をたえ/"\かゝる雪のたま水
めでたし。詞めでたし。下句はさら也。春ともしらぬ
松つゞきたるも、趣の外のあまりのにほふなり。
五十首ノ歌奉りし時 宮内卿
かきくらし猶ふる里の雪のうちに跡こそ見えね春は來にけり
四の句、雪なほふる故に、來つる跡はなけれどもなり。
春はといへるに、人は來ぬこゝろあらはれたり。
入道前關白右大臣に侍りける時百首歌よませ侍けるに
立春のこゝろを 皇太后大夫俊成
けふといへばもろこしまでもゆく春をみやこにのみとおもひける哉
二三句、かの大貮三位が歌とはやうかはりて、くちをし。立春
の歌に、ゆく春とはいかゞ。三月盡の歌にもなりぬべし。これらも
よさまにたすけていはばいふべけれど、今ノ人のかくよみたらん
には、たれかゆるさむ。などたつ春とはよまれざいけむ。
題しらず 西行法師
岩間とぢし氷もけさはとけそめて苔の下水道もとむらむ
初句もじあまりいと聞ぐるし。此法師の歌、此病つねに
おほし。道もとむらむ、よせなし。されどかゝる所此法
師の口つきにて、こと人はえいはぬことなり。