述懷百首に若菜 俊成卿
澤におふるわかなならねどいたづらに年をつむにも袖はぬれけり
日吉社によみて奉りける子日の哥
さゝ波やしがのはま松ふりにけりたが世にひける子日なるらむ
子日の歌とは聞えず。下句、たが世の子日に引るならんと
いふべきを、さはいひがたき故にかくいへる、つねにあることなり。
されど子日は引べきにあらざればいかゞ。
百首ノ哥奉りし時 藤原家隆朝臣
谷川のうち出る波も聲たてつうぐひすさそへ春の山かぜ
めでたし。下句詞めでたし。本歌√谷風 にうち出る
浪や云々。√風のたよりにたぐへてぞ鴬さそふしるべにはやる。
波もこゑたてつるほどに、鴬をもさそひて、聲たてさせ
よと、山かぜにいへるこゝろなり。
家の百首ノ歌合に餘寒 摂政
空は猶かすみもやらず風さえて雪けにくもる春の夜の月
初句のなほといふ詞は、三四の句へかゝれり。もし霞みもやらず
といふへかけていふときは、まだといふなり。これにてなほと
まだとのけぢめを心得べし。霞にくもるべき春の月
の、雪けにくもるとなり。四の句にて然聞ゆ。月はたらかず。
和歌所にて春山月 越前
山深み猶かげさむし春の月空かきくもり雪はふりつゝ
春のこゝろはたらかず。猶をすむ。春をよはなどとかふれば、
冬月のさまなり。