土御門ノ内大臣ノ家にて梅香留袖
藤原有家朝臣
散ぬればにほひばかりをうめの花ありとや袖に春風ぞふく
めでたし。詞めでたし。二の句のをもじ、なる物をといふ
意なり。散ぬればとは、手折て持たる梅花の散しをいふ。さ
やうに見ざれば、袖にといふことよせなし。心をつくべし。手折持
ちたることは、詞に見えねども、本歌に√をりつれば袖こそとあるに
て、おのづからさやふに聞こゆ。かゝる所、此集のころの歌たくみ
なり。本歌のとりざまおもしろし。
百首歌奉りし時
難波がたかすまぬ波もかすみけりうつるもくもるおぼろ月夜に
いとめでたし。詞めでたし。二三の句と四の句のかけ合、いとめでたし。とぢめのには、うつるもくもる朧月夜なる故に、かすまぬ波も、おぼろ月よにかすみけりといふ意なり。
摂政ノ家ノ百首ノ歌合に 寂蓮法師
今はとてたのむのかりもうちわびぬおぼろ月よのあけぼのゝそら
めでたし。詞めでたし。上句、二一三と次第してきくべ
し。田面を、伊勢物語の歌によりて、鳫の歌には、多くた
のむとよみならへり。鳫ものももじは、心づよくかへる鳫もの
意なり。一首の意、曙は旅だつ時なる故に、今はかぎりと
おもへば、田面の朧月よの曙のけしきを、みすてゝ別るゝこと
を、わびしく思ひて、うちなくとなり。わぶとは、鳴につきていへり。
刑部卿頼輔が歌合し侍けるに、よみてつかはしける
俊成卿
きく人ぞなみだはおつるかへるかりなきてゆくなる明ぼのゝそら
めでたし。下句めでたし。初二句、よのつねならば、きく
人も涙ぞおつるとよむべきを、かくよめる。ぞもじはもじの
はたらきに心をつくべし。四の句は、うちひらめなる詞なれ共、
此歌にてはめでたく聞ゆ。すべて同じことも、いひなしと上下の
つゞきからによりて、よくもあしくもなるわざぞかし。
古哥に√鳴わたる鳫のなみだやおちつらむとあるを、心にもち
て、今は鳴て別れゆく鳫なる故に、聞人ぞかなしくて、其涙は
おつるとなり。或抄に、鳫は故郷へ行く故に、悦びて、涙はおと
さずして、聞人は涙を落す也といへるは、鳴てゆくといへるにかなはず。
帰鳫 摂政
わするなよたのむの澤をたつかりもいなばの風の秋の夕ぐれ
めでたし。詞めでたし。澤と稲ばとは、春と秋との
田のさまにて、よくかなへり。三の句もは、今はたちてゆくとも
の意なり。風は、古哥に√秋風に初鳫がねぞ聞ゆなる√秋風
にさそはれわたるなど有りて、よせあり。はてにをもじを
そへて心得べし。或抄に、たのむを、秋をわすれず来む
ことを頼むといふ義也といへれど、其意なし。