榮花物語 巻第十 ひかげのかづら
中宮には、年さへ隔たりぬるを、盡きせずあはれに思しめされて、ただ御おこなひにて過ぐさせたまふ。正月十五日一條院の御念仏に殿ばらみな參らせたまへり。月のいみじう澄み昇りてめでたきに、事果てゝ出でさせたまふとて、殿の御前
君まさぬ宿には月ぞひとりすむ古き宮人立ちもとまらで
とのたまはすれば侍從中納言
去年の今日今宵の月を見しをりにかからむものと思ひかけきや
はかなくて司召のほどにもなりぬれば、世には司召とのゝしるにも、中宮世の中を思し出づる御氣色なれば、藤式部
雲の上を雲のよそにて思ひやる月はかはらず天の下にて
あはれに盡きせぬ御事どもなりや
宮の御前かへす/\思し嘆かせたまひて、大殿籠りたる曉方の夢に、院ほのかに見えさせたまひければ
逢ふことを今は泣き寝の夢ならでいつかは君をまたは見るべき
とて、いとど御涙堰きあへさせたまはず。