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くれ
なゐに
匂
ふ
はいづら
白菊の
枝も
とをゝに
降かとぞ
見ゆ
紅ひに 袖
かと
にほふが ぞ
みゆ
折ける うへの
人
の 白菊
は
白菊
むかし、まな心ある女ありけり。をとこ近うありけり。女、歌よむ人なりければ、心見むとて、菊の花のうつろへるを折りて、をとこのもとへやる。
くれなゐにゝほふはいづら白雪の枝もとをゝに降るかとも見ゆ
をとこ、知らずよみによみける。
くれなゐにゝほふがうへの白菊は折りける人の袖かとも見ゆ Image may be NSFW. Clik here to view.
立田山
さて年ごろふるほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国、高安の郡に、いき通ふ所いできにけり。さりけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男、こと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、前栽のなかにかくれゐて、河内へいぬるかほにて見れば、この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つしら浪たつた山夜半にや君がひとりこゆらむ
とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。
まれまれかの高安に来て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、いまはうちとけて、手づから飯匙とりて、笥子のうつはものにもりけるを見て、心憂がりて、いかずなりにけり。さりければ、かの女、大和の方を見やりて、
君があたり見つつを居らむ生駒山雲なかくしそ雨はふるとも
といひて見いだすに、からうじて大和人、「来む」といへり。よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、
君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る
といひけれど、男すまずなりにけり。 Image may be NSFW. Clik here to view.
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来ざらむ
君は
やは
だに
かりに
をらん
鳴き
なりて
うづらと
ならば
野と
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深草
むかし、男ありけり。深草にすみける女を、やうやう飽きがたや思ひけむ、かかる歌をよみけり。
年を経てすみこし里をいでていなばいとど深草野とやなりなむ
女、返し、
野とならばうづらとなりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ
とよめりけるにめでて、ゆかむと思ふ心なくなりにけり。
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あれにけり
あはれ
いくよの
やど
なら
ん
すみ
ける
と
ひ の
をとづれも
せぬ
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五十八段 荒れたる宿
むかし心つきて色ごのみなるおとこ
なかをかといふ所に家つくりてをりけり。そこのとなりなりける宮ばらにこともなき女どものゐなかなりければ田からんとてこのおとこのあるを見ていみしのすき物のしわざやとてあつまりていりきけれはこのおとこにげておくにかくれにけれは女
あれにけりあはれいく世のやどなれやすみけんひとのをとづれもせぬ
といひてこの宮にあつまりきゐて
ありければこのおとこ
むくらおひてあれたるやどのうれたきはかりにもおにのすだくなりけり
とてなむいたしたりけるこの女ともほひろはむといひければ
うちわびておちほひろふときかませば我も田づらにゆかましものを
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六十三段 九十九髪
むかし、世心つける女、いかで心なさけあらむ男にあひ得てしがなと思へど、いひいでむもたよりなさに、まことならぬ夢がたりをす。子三人を呼びて語りけり。ふたりの子は、なさけなくいらへてやみぬ。三郎なりける子なむ、「よき御男ぞいで来む」とあはするに、この女、けしきいとよし。こと人はいとなさけなし。いかでこの在五中将にあはせてしがなと思ふ心あり。狩し歩きけるにいきあひて、道にて馬の口をとりて、「かうかうなむ思ふ」といひければ、あはれがりて、来て寝にけり。さてのち、男見えざりければ、女、男の家にいきてかいまみけるを、男ほのかに見て、
百年に一年たらぬつくも髪われを恋ふらしおもかげに見ゆ
とて、いで立つけしきを見て、うばら、からたちにかかりて、家にきてうちふせり。男、かの女のせしやうに、忍びて立てりて見れば、女嘆きて寝とて、
さむしろに衣かたしき今宵もや恋しき人にあはでのみ寝む
とよみけるを、男、あはれと思ひて、その夜は寝にけり、世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、この人は思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なむありける。