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絵入り平家物語 巻第一 十二、願立の事 蔵書

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平家物語巻第一
  十二 ぐわんだての事かも川の水、すご六のさい、山法師、これぞわが御心にかなはぬ物と、白河の院も仰なりけるとかや。鳥羽の院の御時も、ゑちぜんの平泉寺を山門へよせられける事は、當山を御


きゑあさからざるによつて也。ひをもつてりとすと、せんげせられてこそ、院ぜんをば下されけれ。さればがうそつきやうばうの卿の申されし、山門の大衆、日吉の神よをぢんとうへふり奉て、そせうをいたさば、君はいかが御はからひ候べきと申されければ、法皇げにも山門のそせうは、もだしがたしとぞ仰ける。ゐんじかほう二年、三月二日の日、みのゝ守源のよしつなの朝臣、當国神りうの庄をたをす間、山のくちうしやゑんおうをせつがいす。是によつて日吉の社司、延暦寺の寺官、つがふ卅よ人、申文をさゝげて、ぢんどうへさんじたるを、後二条の関白どの、大和げんじな中務のごんの少輔、よりはるに仰て、是をふせがせらるゝに、頼春がらうどう、矢をはなつ。やにはにいころさるゝ者八人、きずをかうふる者十よ人、社司諸司四方へみなにげさりぬ。是によつて山門の上綱ら子細をそうもんの為に、おびたゝしう下落すと聞えしかば、


ぶしけんひゐし、西坂本に行向て、みなおつかへす。去程
に、山門には、御さいだんちゞの間、日吉の神よをこんぼん中堂へふり上奉り、其御前にて、しんどくの大般若を七日よみて、後二条の関白殿を、じゆそし奉る。けちぐわんのだうしには、仲胤法印其時はいまだ、中胤ぐぶと申しが高座に上り、かね打ならし、けいひやくのことばにいはく、我らがなたねの二ばより、おほしたて給ひし神たち、後二条の関白殿に、かぶらや一つはなちあて給へ大八王子ごんげんと、たからかにこそきせいしたりけれ。その夜やがて、ふしぎの事有けり。八王子の御殿より、かふらやの聲出て、王じやうをさしてなりて行とぞ、人のゆめにはみえたりける。そのあした関白殿の御所の御かうしをあげらるゝに、只今山よりとりてきたるやうに、つゆにぬれたるしきみ一えだ、立たりけるこそふしぎなれ。
やがて其夜より、後二条の関白殿、山王の御とがめとて


おもき御やまふを、うけさせ給ふて、うちふさせ給う給ひしかば、母うへ大殿の北の所、大きに御なげきあつて、御さまをやつし、いやしき下らふのまねをして、日吉の社へ参らせ給ひて、七日七夜があひだ、いのり申させおはします。まづあらはれての御立願には、しばてんがく百ばん、百番のひとつ物、けい馬やぶさめすまふ、をの/\百ばん、百ざの仁王かう、百座のやくしかう、一ちやくしゆはんのやくし百たい、とうしんのやくし一たい、ならびにしやかあみだの像をの/\ざうりふくやうせられけり。又御心中に、みつの御りりぐわん有。御心の中の御事なれば、人是をば、いかで知奉るべきに、其に何よりも又ふしぎなりける事には、七夜にまんずる夜、八王子の御やしろに、いくらも有けるまいりふど共の中に、みちの国より、はる/\とのぼつたりける、わらはみこ、夜半斗に俄にたへ入けり。はるかに
かき出していのりければ、やがて立てまひかなつ人きどく


の思ひをなしてこれをみる。はんじ斗まふて後、さん王おりさせ給ひて、やう/\の御たくせん社おそろしけれ。衆生らたしかにうけ給はれ。大殿の北のまん所、けふ七日我御前にこもらせ給ひたり。御立願みつ有。まづ一つには、今度殿下のじゆみやうをたすけさせおはしませ。さもさふらはゝ、大宮のしたどのにさふらふもろ/\のかたはう人にまじはつて、一千日が間、朝夕宮づかへ申さんとなり。大殿の北のまん所にて、世を世とも思しめさで、すごさせ給ふ御心にも、子を思ふみちにまよひぬれば、いぶせき事をも忘られて、あさましげなるかたは人にまじはつて、一千日があひだ、朝夕宮仕へ申さんと仰らるゝこそ、誠にあはれに思しめせ。二つには大宮のはしどのより、八王子の御社まで、くわいらう造つて参らせんとなり。三千の大衆、ふるにもてるにもしやさんの時、いたはしう覚ゆるに、回廊つくられたらんは、いかにめでたからん。みつには八王子の御社に




て法華もんたふかう毎日たいてんなく行はすへしとなり。此立願共は、いづれもおろかならね共せめてはかみ二つはさなく共有なん。法華もんだうかうこそ、一定あらまほしうは思しめせ。たゞし、今度のそせうは、むげにやすかりぬべき事にて有つるを、御さいきよなくして、神人宮司いころされ、しゆとおほくきずをかうふつて、なく/\参りてうつたへ申が、あまりに心うければ、いかならん世に忘るべし共思し召ず。其上かれらにあたる所の矢は、すなはち和光すいじやくの御はだへに、立たる也。まことそらことは是をみよとて、かたぬぎたるをみれば、左のわきのした、大きなるかはらけの口ほど、うけのいてぞ有ける。是があまりに心うければ、いかに申共しゞうの事はかなふまじ。法華もんだふかう、一定有べくは、三年が命をのべて奉らん。それをふそくに思し召ば、力をよばずとて、山王あがらせ給ひけり。母上此立願の御事、人にもかたらせ給はねば、


たれもらしぬらんと、すこしもうたがふかたもましまさず。御心の中の事共を、有のまゝに、御たくせん有ければ、弥心かんにそふて、ことにたつとく思し召。たとひ一日へんしとさぶらふ共、有がたうこそさぶらふべきに、まして三年が命をのべて給はらんと、仰らるゝこそ、誠に有がたう社さふらへとて、御涙をおさへて、御下かう有けり。其後紀伊の国に、殿下のれう、田中の庄と云所を永代八王子へきしんせらる。されば今の世にいたるまで、八王子の御社にて、法華もんだふかう、毎日たいてんなしとぞうけ給はる。かゝりし程に、後二条の関白殿、御やまふかるませ給ひてもとのごとぐにならせ給ふ。上下よろこびあはれし程に、三年の過るは夢なれや、永長二年に成にけり。六月廿一日、又後二条の関白殿、御くしのきはに、あしき御かさ出させ給ひて、打ふさせ給ひしが、同じき廿七日、御年卅八にて、終にかくれさせ給ひぬ。御心のたけさりのつよさ、


さしもゆゝしうおはせしか共、まめやかに、事のきうにも成ぬれば、御命をおしませ給ひけり。誠におしかるべし四十にだにみたせ給はで、大殿に先たゝせ給ふこそかなしけれ。必父をさき立べしと、云事はなけれ共、生死のおきてにしたがふ習万徳圓満の世尊、十地くきやうの大士達も力およはせ給はぬしだい也。じひぐそくの山王りもつの方便にてましませば、御とがめなかるべし共覚えず。








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