尾張廼家苞 四之上
(を、下のこゝろをもらすとつゞきたる やうにて、すこしあかぬ所あり。) 左大将に侍ける時の家の百首歌合に忍恋 もらすなよ雲ゐが峰の初時雨木葉は下に色かはるとも (一首の意、雲ゐる嶺のはつ時雨のごとく、心の色がふかく なり行とも、必人にもらすなよと也。逢て後も忍ぶ恋也。)二ノ句に忍びかくす 意あり。(さまでも なし。)三ノ句ははじめて逢たる意。(初の字に其義はなし。 一首あひて後しのぶ心 にはあれど、二三の句にかやうの 心はあるべからず。たゞ序ことば也。)下句は今より後おもひはふかくなり ぬともといふ意。もらすなよとは、逢たる人にいふ也。(みなよ ろし。)此 歌題も忍恋なり。(大てい古歌、忍恋といふ題は、いひ出かねて心ひとつに しのぶ意によみたれど、又逢見て後猶しのぶ意 にもなどか よまざらん。)歌のさまもいまだ逢ざる恋のごとく聞ゆれども、
(色かはるともとあるあたり、 さしもきこえずややあらん。)さてはもらすなよとはいひつくべき 人なし。みづからいましむるならば、もらさじよなどこそ あるべけれ。(かばかりの自他は、三尺の童子といへどもよくわきまへたれば、此殿の あやまりてかくよみ給べきにあらず。たゞ逢て後猶しのぶ恋の意によ ませ給ふ 也けり。) 恋歌あまた讀侍けるに 後德大寺左大臣 かくとだにおもふ心をいはせ山下行水のくさがくれつゝ (一首の意いはせ山の下行水の草がくれたるがごとく、心にこめてかくおもふと いふこゝろのほどをえいはぬ也。三ノ句より下序なり。序を下へめぐらしたるめづらし。 恋の哥 殷冨門院大輔 もらさばやおもふ心をさてのみはえぞやましろのゐでのしがらみ 四ノ句、やまじといふには、ぞもじてにをはかなはぬやう
なれど、これは山城へいひかけたるなれば難ならじ。(えぞやまぬ といふ事を やまと計かゝりて、ぬといふもじを省きて、山城へ轉じてつゞけたり。じもじ までかけてはみるべからず。かくの如き秀句、一もじにかゝり、三もじにかゝる事も あれども、猶二もじいひかゝりて、 三もじより轉ずる哥の通例也。 )えもといひてはよわし。(此義にあらず。 えぞやまぬと 自決したる義なり。一首の意は、恋しうおもふ心を、かくいはで のみはえやまぬほどに、おもふ人にもらさばやといふ義也。 ) 和歌所哥合に忍恋 雅經 きえねたゞしのぶの山の嶺の雲かゝる心はあともなきまで 初句はひたぶるにおもひしねと打すてゝいふ詞にて、死ね を雲の縁にてきえねとはいへる也。さてかゝる所にいふたゞは、 すべてひたぶるにといふ意にて、俗言にいツそのことにといふ がごとし。かゝるはかやうなるにて、忍ひておもふを云。(かゝるは 雲の縁)
(こと ば也)心の跡もなきまでとは、なき跡に執着の念も残 らぬまでにきえ果よ也。(跡もなき、雲の 縁の詞なり。) 千五百番歌合に
限あればしのぶの山のふもとにも落葉がうへの露ぞ色づく 初句は、しのぶもしのばるゝ限のありて、つひにはしのびはてら れぬ物なればといふ意にいへる也。梺といへるは、落葉にのよせには、又 忍ぶ山をはなれて、あらはれたる意をもこめたるべし。 (ふもとに、義はなし。たゞ梺にて、 恋の方にはさせる用なき詞也。 )さて梢の紅葉にても同じ事 なるべきに、落葉といへるは、程をへて果にはといふ意也。 これは此心 なるべし。又落葉とのみにてもたりぬべきニ、露をいへるは、
(を、下のこゝろをもらすとつゞきたる やうにて、すこしあかぬ所あり。) 左大将に侍ける時の家の百首歌合に忍恋 もらすなよ雲ゐが峰の初時雨木葉は下に色かはるとも (一首の意、雲ゐる嶺のはつ時雨のごとく、心の色がふかく なり行とも、必人にもらすなよと也。逢て後も忍ぶ恋也。)二ノ句に忍びかくす 意あり。(さまでも なし。)三ノ句ははじめて逢たる意。(初の字に其義はなし。 一首あひて後しのぶ心 にはあれど、二三の句にかやうの 心はあるべからず。たゞ序ことば也。)下句は今より後おもひはふかくなり ぬともといふ意。もらすなよとは、逢たる人にいふ也。(みなよ ろし。)此 歌題も忍恋なり。(大てい古歌、忍恋といふ題は、いひ出かねて心ひとつに しのぶ意によみたれど、又逢見て後猶しのぶ意 にもなどか よまざらん。)歌のさまもいまだ逢ざる恋のごとく聞ゆれども、
(色かはるともとあるあたり、 さしもきこえずややあらん。)さてはもらすなよとはいひつくべき 人なし。みづからいましむるならば、もらさじよなどこそ あるべけれ。(かばかりの自他は、三尺の童子といへどもよくわきまへたれば、此殿の あやまりてかくよみ給べきにあらず。たゞ逢て後猶しのぶ恋の意によ ませ給ふ 也けり。) 恋歌あまた讀侍けるに 後德大寺左大臣 かくとだにおもふ心をいはせ山下行水のくさがくれつゝ (一首の意いはせ山の下行水の草がくれたるがごとく、心にこめてかくおもふと いふこゝろのほどをえいはぬ也。三ノ句より下序なり。序を下へめぐらしたるめづらし。 恋の哥 殷冨門院大輔 もらさばやおもふ心をさてのみはえぞやましろのゐでのしがらみ 四ノ句、やまじといふには、ぞもじてにをはかなはぬやう
なれど、これは山城へいひかけたるなれば難ならじ。(えぞやまぬ といふ事を やまと計かゝりて、ぬといふもじを省きて、山城へ轉じてつゞけたり。じもじ までかけてはみるべからず。かくの如き秀句、一もじにかゝり、三もじにかゝる事も あれども、猶二もじいひかゝりて、 三もじより轉ずる哥の通例也。 )えもといひてはよわし。(此義にあらず。 えぞやまぬと 自決したる義なり。一首の意は、恋しうおもふ心を、かくいはで のみはえやまぬほどに、おもふ人にもらさばやといふ義也。 ) 和歌所哥合に忍恋 雅經 きえねたゞしのぶの山の嶺の雲かゝる心はあともなきまで 初句はひたぶるにおもひしねと打すてゝいふ詞にて、死ね を雲の縁にてきえねとはいへる也。さてかゝる所にいふたゞは、 すべてひたぶるにといふ意にて、俗言にいツそのことにといふ がごとし。かゝるはかやうなるにて、忍ひておもふを云。(かゝるは 雲の縁)
(こと ば也)心の跡もなきまでとは、なき跡に執着の念も残 らぬまでにきえ果よ也。(跡もなき、雲の 縁の詞なり。) 千五百番歌合に
限あればしのぶの山のふもとにも落葉がうへの露ぞ色づく 初句は、しのぶもしのばるゝ限のありて、つひにはしのびはてら れぬ物なればといふ意にいへる也。梺といへるは、落葉にのよせには、又 忍ぶ山をはなれて、あらはれたる意をもこめたるべし。 (ふもとに、義はなし。たゞ梺にて、 恋の方にはさせる用なき詞也。 )さて梢の紅葉にても同じ事 なるべきに、落葉といへるは、程をへて果にはといふ意也。 これは此心 なるべし。又落葉とのみにてもたりぬべきニ、露をいへるは、