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尾張廼家苞 恋歌二3

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尾張廼家苞 四之上

         泪の色のつひに紅になれるよしにて、涙の色のかは  らぬほどは、しのぶれども、紅になりてはえしのびあへぬ意
 なり。(一首の意は、物には際限がある物で、下のおもひを人にかくししのばう        とするうちに、果には袖の上の露の色がくれなゐにかはりたりと也。)                二條院讃岐 うちはへてくるしき物は人めのみしのぶの浦の蜑のたく縄 (うちはへても、くるも、縄の縁の詞。一首の意は、  人めをしのぶことのみ打つゞきてくるしき事と也。)    和歌所哥合に依忍増戀  春宮権大夫公継 忍はじよいはまつたひの谷川もせをせくにこそ水まさりけれ (四ノ句、瀬をせきたる所にこそ也。一首の意は、岩間つたひに行水とても、瀬をせ  きたる所には水がまず、そのごとくおもふ事えいはで下につゝむ故に、おもひのます  事なれば、今は忍ばじ、  打出ていはゞやとなり。)

       題しらず        信濃 人もまだふみぬ山の岩がくれながるゝ水を袖にせくかな (一二ノ句、いかによめるに○ふと心えかねたり。もし人にまだ逢そめぬ事を、山の縁  にふみゝぬとよめるにはあらじか。三ノ句にいはぬ意をもたせ、下ノ句はなみだの事なるべし。)                西行 遥なる岩のはざまにひとりゐて人めおもはで物おもはゞや (はざまは物の間の事。此詞尾張にては今もしかいふ。一首の意は、人ざとに人とゐ  ては、恋に物おもふくるしさはつゝみがたければ、遥なる山のおく岩の間にかくれゐて、  人めに遠慮なしに  物思ひをせばやと也。) 数ならぬ心のとがになしはてじしらせてこそは人もうらみめ  数ならぬ心とつゞきたるは、ふと解えがたけれど、数ならぬ身といふ事なるべし。  一首の意は、我身の数ならぬ故いひ出てもあはれもせじとおもひていはずにゐが、  さうばかりいふても置まじ、かうおもふといふ事を人にしらせて、  人がつれなくは、うらみてなりともこらへてみんとなり。
       水無瀬戀十五首歌合に  摂政 草深き夏野わけ行さをおしかの音をこそってね霧ぞ                       こぼるゝ (草深きは露ぞこぼるゝといはん料、夏野とは音をたてぬといはん料なり。一  首の意は、上の句は序人をこふるとて、声たてゝなきこそせね、なみだはこぼるゝと也)    入道前関白右大臣に侍ける時百首ノ歌人〃によま    せ侍けるに忍恋     大宰大弍重家 後の世をなげく涙といひなしてしぼりやせまし墨染の袖 (一首の意かくれなし。墨染の袖に恋の涙をつゝまん事、  破戒の比丘なり。事のさま殺風景なるを、集に入し事不審。)    千五百番歌合に     通光卿 ながめわびそれとはなしに物ぞおもふ雲のはたての夕ぐれの空  本歌、夕ぐれは雲のはたてに物ぞおもふ(天津空なる                              人をこふとて。)云〃。

     それとはなしにとは、本歌のやうに天津空なる人をこふ  とにはあらでといふ意なり。(大かた本歌のごとく云〃ととくは、む                      づかしきを此先生の一癖にて、常か  くさまに説るゝ事也。二ノ句それとはなしにとは、俗に何といふ事はなしにと  いふ意。恋に心をいたましめて、みる物きく物何故となく物おもひをする也。  下ノ句は其中の一ケ條にて、たとへば雲のはたての  夕ぐれの空などにても、物おもひをする事となり。)    雨の降日女ニ○しける     俊成卿 おもひあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞ降  四ノ句、たゞ何となくいへる事とも、聞えず。されど其意いまだ思ひえず。 (本歌などありやとおもはれ  たる也。されどこれはさもあらず。)殊なるよしなくは、詮なき(雨の縁に空とばか                                  りにてはあかずとにや)  いひごと也。(下句は空のえしきさへかなしと也。雲のはたての夕ぐれのそら、            霞を分て春雨ぞ降。などやうの歌は、此二句に物の哀をかく  してみせたるよみざまなるを、  詮なしといはるゝは、情なき事也。)        

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