題しらず 西行
道のべにし水ながるゝ柳かげしばしとてこそ立どまりつれ
しばしとおもひてこそ立どまりたるを、あまりすゞしさに、
えたちさらで、思はず時をうつしたることよと也。こそといひ、
つれといへるにて、その意見たり。
よられつる野もせの草のかぎろひて涼しくくもる夕立の空
下句詞めでたし。 初句は、夏の暑き日影に、草葉のよれ
しゞみたるをいふ。 かげろひてといへるにて、はじめ日影の甚
しかりしことしられ、すゞしく曇るといへるにて、おのづから、
草葉のもとのごとくのびて、こゝちよげなるほど見たり。
夏月 従三位頼政
庭の面はまだかわかぬに夕立の空さりげなくすめる月哉
空さりげなく、おもしろし。夕立のしたる名残も見えず、清く
すめるなり。
百首哥中に 式子内親王
夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山に日ぐらしのこゑ
夕立の雲も、残りなく晴て、とまらず、日もとまらずかたぶく、
といふ趣意にやあらん。 下句いやしきふり也。玉葉集風
雅集に、此格おほし。此内親王の御哥に、√霧のあなたに
初厂の聲共有。又かの二ツの集の日に、√野べは霞に鴬の聲、
√尾花が風に庭の月影。などいへるは、殊にいやし。これらのに°もじ
は、√かたぶく山に、√霧のあなたに。などあるに°とは異して、これも
ありかれもありと、物をならべあぐる間におけるなれば、いと/\
いやしきなり。
百首歌奉りし時 摂政
秋ちかきけしきの杜になくせみの涙の霧や下葉そむらん
秋ちかきと、下葉そむと、かけ合たり。 此涙を、紅涙也と
いへる説はわろし。よのつねの露も、木の葉を染るはつねのこと也。
五十首哥奉りし時
ほたるとぶ野沢にしげるあしの根のよな/\下にかよふ秋風
四の句、よは葦の縁。下にかよふは、根のうけ合なり。
百首哥の中に 式子内親王
たそがれの軒端の萩にともすればほにいでぬ秋ぞ下にことゝふ