六十三段 九十九髪
といふをいとはづかしと思ひて、いらへもせでゐたるを、などいらへも
せぬといへば、泪のこぼるゝに目も見えず、ものもいわれずといふ
これやこのわれにあふみをのがれつゝ年月ふれどまさり㒵なき
といひて、きぬ脱ぎてとらせけれど、すてゝにげにけり。いづ
ちいぬらんともしらず。
六十三
むかし世心つける女、いかで心なさけあらん男に、あひえてし
がなと思へず、いひ出んもたよりなさに殊ならん夢がたりを
す。子三人をよびてかたりけり。ふたりの子はなさけなくいらへ
てやみぬ。三郎なりける子なん、よき御男ぞ、ゐでこんとあはする
に、此女けしきいとよし。こと人はいとなさけなし。いかで此在五
中将にあはせてしがなと思ふ心あり。狩しありきけるに、いき
あひて、道にて馬の口をとりて、かう/\なん思ふといひければ、
哀がりてきてねにける。さてのち男見えざりければ、男の
家にいきて、かいま見けるを、男ほのかに見て
百とせに一とせたらぬつくも髪われをこふらし面影にみゆ
とて出たつけしきを見て、むばらからたちにかゝりて、家にきてう
ちふせり。男かの女のせしやうに忍びて立りてみれば、女歎きてぬとて
上句古今
さむしろに衣かたしき今宵もや恋しき人にあはでのみねん
と、よみけるを、男あはれと思ひて、その夜はねにけり。世の中の
例として、思ふをば思ひ、思わぬをば思わぬものを、此人は、思ふを
も思はぬをも、けぢめ見せぬ心なん有ける。
六十四
むかし男、女みそかにかたらふわざもせざりければ、いづくなり
けんあやしさによめる
ふく風にわが身をなさば玉すだれ隙もとめつゝ入べき物を
かへし
取とめぬ風には有とも玉すだれたがゆるさばか隙もとむべき