辰田川之図 喜多武清画掛軸
百三
昔男有けり。いとまめにじちようにて、あだなる心なかりけり。ふ
か草のみかどになんつかうまつりける。心あやまりやしたりけん
みこたちのつかひ給ひける人を、あひいへりけり。さて
古今
ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにも成まさる哉
となん読てやりける。さる哥のきたなげさよ。
百四
昔ことなる事なくて、尼になれる人有けり。㒵をやつしたれど物やゆ
かしかりけん賀茂のまつり見に出たりけるを、哥よみてやる。
世をうみの尼とし人を見るからにめくはせよとも頼まるゝ哉
是は斎宮の物み給ひける車に、かく聞たりければ見さして帰り給ひにけりとなん。
百五
むかし男、かくてはしぬべしといひやりたりければ、女、
白露はけなばけなんきへずとて玉にぬくべき人もあらじを
といへりければ、いとなめしと思ひけれど心ざしはいやまさりけり。
百六
昔男、みこたちのせうえうし給ふ所にまうでゝ、たつた川の邊にて、
※百四段の「㒵を」は学習院本では「かたちを」、「哥よみて」の前に「男」とある。
古今
ちわやぶる神代も聞ずたつた川からくれないに水くゝるとは
百七
昔あてなる男有けり。その男のもとなりける人を、内記に有ける
藤はらのとしゆきといふ人よばひけり。されどまだ若ければ、文もお
さ/\しからず。詞もいひしらず、いはんや哥はよまざりければ、かのある
じ成人案を書てかくせやりけり。めでまどひにけり。扨男のよめる。
古今
つれ/"\の詠にまさる涙川袖のみひぢて逢よしもなし
かへしれいのおとこ女にかわりて、
同
あさみこそ袖はひづらめ涙川身さへながると聞ば頼まん
といへりければ、男いといたうめでゝ、今まで巻て、ふばこに入て有
となんいふなる。男文おこせたり。えて後の事成けり。雨のふりぬべ
きになん。見わづらひ侍る。身さいわびあらば、此雨はふらじとい
つりければ、れいのおとこ女にかはりて、よみ(ン)でやらす
古今
数/"\に思ひ思はずとひがたみ身をしる雨はふりぞ増れる
※百六段の「ちはやぶる」は「ちわやぶる」と書いてあるままとした。
龍田川 烏丸光広筆掛軸
百人一首断簡 至道無難筆掛軸
百人一首短冊 小倉実起筆
葛飾北斎 百人一首乳母が絵説 浮世絵