源氏物語 常夏 撫子歌 筆者不明コレクション
ふ物から、心づきなしとおぼす時もあるべきを、いと
春宮
わびしく思ひのほかなる心ちすべし。四月に内へ
まいり給ふ。ほどよりはおほきにおよすけ給ひて、
やう/\おきかえりなどし給。あさましきまでまぎ
れ所゛なき御かほつきを、おぼしよらぬことにしあ
御門心 源氏と春宮と
れば、又ならびなきどちは、げにかよひ給へるにこそは
とおもほしけり。いみじうおもほしかしづくことかぎ
りなし。げんじの君をかきりなき物に覚しめし
ながら、世の人のゆるしきこゆまじかりしによりて
ばうにもえすへ奉らずなりにしを、あかずくちおし
う、たゞ人にてかたじけなき御ありさまかたちに、ね
びもておはするを御らんずるまゝに、心ぐるしく覚し
めすをかうやむごとなき御はらに、おなじひかりに
てさし出給へれば、きずなき玉とおもほしかしづ
藤つほ
くに、宮はいかなるにつけても、むねのひまなく、や
源
すからず物をおもほす。れいの中将の君こなたに
春宮
て、御あそびなどし給に、いだき出たてまつらせ給
御門詞
て、みこたちあまたあれど、そこをのみなんかゝる
ほどよりあけくれみし。されば思わたさるゝにやあら
ん。いとよくこそおぼえたれ。ちいさきほどは、みなか
くのみあるわさにやあらんとて、いみじくうつくしと
源
思ひきこえさせ給へり。中将の君、おもての色かはる
心ちして、おそろしうもかたしけなくもうれしくも
あはれにも、かた/"\うつろふ心ちしてなみだおちぬ
春宮
べし。物がたりなどしてうちゑみ給へるが、いとゆゝしう
源
うつくしきに、我身ながらこれにゝたらんは、いみじ
藤つほ
ういたはしうおぼえ給ぞあながちなるや。宮は
わりなくかたはらいたきに、あせもながれてぞお
源
はしける。中将は中々なる心ちの、かきみだるやう
なればまがて給ひぬ。わが御かたにふし給て、むねの
葵
やるかたなきを、ほどすぐして、おほいとのへとおぼ
す。おまへのせんざいのなにとなくあをみわたれ
る中に、とこなつのはなやかにさき出たるをおらせ給
ふ物から、心付き無しとおぼす時もあるべきを、いと侘しく思ひの他なる
心地すべし。
四月に内へ参り給ふ。程よりは大きにおよすけ給ひて、やうやう起き返り
などし給ふ。あさましきまで、紛れ所無き御顔つきを、おぼし寄らぬ事に
しあれば、又並び無きどちは、げに通ひ給へるにこそはと、思ほしけり。
いみじう思ほしかしづく事限り無し。源氏の君を、限り無き物に、おぼし
めしながら、世の人のゆるし聞こゆまじかりしによりて、坊にも、え据へ
奉らずなりにしを、飽かず口惜しう、ただ人にてかたじけ無き御有樣、か
たちに、ねびもておはするを御覧ずるままに、心苦しくおぼしめすを、か
う止む事無き御腹に同じ光にて、射し出で給へれば、瑕無き玉と思ほしか
しづくに、宮はいかなるにつけても、胸の隙無く、安からず物を思ほす。
例の中将の君、こなたにて、御遊びなどし給ふに、抱き出で奉らせ給ひて、
「皇子達数多あれど、そこをのみなん。かかる程より明け暮れ見し。され
ば、思ひわたさるるにやあらん。いとよくこそ覚えたれ。ちいさき程は、
皆かくのみあるわざにやあらん」とて、いみじく美しと思ひ聞こえさせ給
へり。中将の君、面の色変はる心地して、恐ろしうも、かたじけなくも、
嬉しくも、哀れにも、方々移ろふ心地して、涙落ちぬべし。物語などして、
打笑み給へるが、いとゆゆしう美しきに、我が身ながら、これに似たらん
は、いみじういたはしう覚え給ふぞ、あながちなるや。宮は、わり無く、
片腹痛きに、汗も流れてぞおはしける。中将は、中々なる心地の、かき乱
るやうなれば、まがて給ひぬ。
我が御方に臥し給ひて、胸のやる方無きを、ほど過ぐして、大殿へとおぼ
す。御前の前栽の、何と無く青味わたれる中に、常夏の、華やかに咲き出
でたるを、折らせ給