こほれるなみだ今やとくらん。此哥などをや思
ひてよめる成べし。これはいまだ鴬は出ぬを
おもひやりて、さだめてつらゝもとけぬべき程
に、ふるすのうちに有ながら、春をしるらん。
春をしりたらば、谷より出べき事なるに、
自然しらぬこともあるにや。出ぬほどにと
うたがひたる心あり。鳥になみだをよむも、
むかしよりよみつけたるならではよまぬ
よし也。
一 題しらず 志貴皇子
万葉ノ作者。天智天皇追号。田原天皇。新
勅撰田原天皇御製。志貴は所の名なり。
一 岩そゝぐたるひの上のさわらびの萌出る春になりにけるかな
増抄云。岩そゝぐたるひとは、岩よりつたひて
そゝぎ落る水のこほれるをたるひと云也。
扨も時節といふものがあるならひかな。冬はしたゝ
る水がこほれりてすさまじき事なりしが、
春がきたりたれば、わらびはもえ出る事よと
なり。たるひのうへとあれば、氷の上のやう
なれども、さにはあらず。たるひのある岩の
上にもれ出るよし也。春になりにけるかなと
歎じたるとまりなり。さてもうれしき
事かなと云心もしたにあり。
頭注
さはらびは早蕨也。
はやきを云と云
り。又小蕨とも云
り。案之同じ
事也。はやきは
小にあるべし。たゞ
小夜小筵の類
ともいへり。いづれ
にも所好に随べし。
※新勅撰田原天皇御製 夏歌 題知らず 田原天皇御製 神なびのいはせの杜の郭公ならしの岡にいつかきなかむ