尾張廼家苞 四之下
有家朝臣
さらでだに恨みむとおもふわぎもこが衣のすそに秋かぜぞふく
わぎもこが衣のすそを吹かへしうらめづらしき
秋のはつかぜ 云々の哥を
とりて、裾を風の吹かへすば、裏のみゆるを恨みといふニとれる也。
此哥、詞のうへのたくのみにて、情はなし。げに戀の情切ならねど
一首の姿めでたき哥也。
題しらず 西行
あはれとてとふ人のなどなかるらん物おもふ宿の荻のうは風
一首の意は、これほどに物おもひをする荻の上風の物がなしき比、いつはとはすとも
かやうの時分ニなぜにとふてはくれぬとなり。
式子内親王
今はたゞ心の外にきく物をしらずがほなる荻のうは風
二三ノ句、こぬまでも人ノまたれし此は、夕ぐれの荻の上風に
つけても心をいためしかども、今は來ぬとのになりはてゝ、待
るゝおもひもなければ、たゞ心の外にきく物をと也。心とは、待宵の情也。
今は中絶て、とひ來るし
人のふるまひがとおもふ心は
なきを、心の外といへる也。 しらずがほなるとは、さとはしらずがほに
今も猶むかしのまゝにふく事よといふ意なり。一首の意は、今では
人のとひ來たるかなど
やうには、さつぱり心にかゝらぬ荻の音なる
物を、しらぬかほしてやはり秋風がふくと也。
家の哥合に 摂政
いつもきく物とや人のおもふらんこぬ夕ぐれの松かぜの声
こぬ夕ぐれの松風の声は、ことにいつよりも身にしみてかな
しきものをといふ意をふくめたる哥也。松風の声を、いつもきゝなれ
たる声とて、人は耳にもかけぬ
かしらぬ。こよひは來るであらうとてまつ夕ぐれには、
いかう身にしみて、いつもとはかはるものをと也。
慈圓大僧正
心あらばふかずもあらなんよひ/\に人まつ宿の庭の松風
一首の意は、人まつ宿では庭の松風がふくにつけても人のまたるゝ物
なるに、其松風に情がある物ならば、ふかずにゐてくれよかしと也。
※わきもこが衣のすそを吹かへし
躬恒集 凡河内躬恒
吾妹子が衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋の初風
古今集 秋歌上 よみ人知らず
我が背子が衣の裾を吹き返しうらめづらしき秋の初風
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