新古今和歌集 第十羇旅歌
駿河の國宇都の山に逢へる人につけて京にふみ遣はしける
在原業平朝臣
駿河
なる宇都の
山邊のうつつにも
夢にも人に逢はぬなりけり
読み:するがなるうつのやまべのうつつにもゆめにもひとにあわぬなりけり 隠
意味:遠い駿河の宇津の山に来て、現実でも夢でも貴方にお会いするなんて、難しいのは、貴方が薄情になったからでしょうか。
備考:伊勢物語 九段
むかし、をとこありけり。
そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき國求めにとて行きけり。
もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。
三河の國、やつはしといふ所にいたりぬ。そこをやつはしといひけるは、水ゆく河のくもでなれば、橋を八つわたせるによりてなむやつはしといひける。その澤のほとりの木の蔭にて下りゐて、かれいひ食ひけり。
その澤にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、
かきつばたといふいつもじを句の上にすゑて、旅の心よめといひければ、よめる。
から衣きつゝなれにしつましあればはる/\きぬる旅をしぞ思ふ
とよめりければ、みな人、かれいひのうへに涙おとしてほとびにけり。
行き/\て、駿河の國にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかへでは茂り、もの心ぼそく、すゞろなるめを見ることと思ふに、す行者あひたり。
かゝる道はいかでかいまする
といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、ふみ書きてつく。
駿河なる宇津の山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり