新古今和歌集 第十七雜歌中
五月の晦に富士の山の雪白く降れるを見てよみ侍りける
在原業平朝臣
時知らぬ
山は富士の嶺
いつと
てか鹿の
子まだら
に雪の降るらむ
読み:ときしらぬやまはふじのねいつとてかかのこまだらにゆきのふるらむ
意味:五月末というのに、季節をわきまえない山である富士の嶺では、鹿の子のまだら模様のようにまだ雪が残っている。
備考:伊勢物語 九段、古今和歌六帖 「降るらむ」を「まだ雪が残っている」と訳した。
富士の山を見れば、さつきのつごもりに、雪いと白う降れり。
時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ
その山は、こゝにたとへれば、ひえの山をはたちばかり重ねあげたらむほどして、なりは鹽尻のやうになむありける。
なほ行き/\て、武蔵の國と下つ總の國との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて思ひやれば、限りなく遠くも來にけるかなとわびあへるに、渡守、はや舟に乗れ、日も暮れぬといふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折りしも、白き鳥のはしと脚と赤き、鴫の大きさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、これなむ宮こ鳥といふをきゝて、
名にし負はばいざこととはむ宮こ鳥わが思ふ人はありやなしやと
とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。