歌枕名寄 山城
神山
183 第三 夏歌 葵をよめる 小侍從 いかなればそのかみ山のあふひ草年は經れども二葉なるらむ
1484 第十六 雜歌上 いつきの昔を思ひ出でて 式子内親王 ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ
賀茂社
1255 第十四 戀歌四 返し よみ人知らず 枯れにける葵のみこそ悲しけれ哀と見ずや賀茂のみづがき
石川
1894 第十九 神祇歌 鴨社歌合とて人々よみ侍りけるに月を 鴨長明 石川やせみの小川のければ月もながれを尋ねてぞすむ
御手洗川
1862 第十九 神祇歌 これまた賀茂に詣でたる人の夢に見えけるといへり (よみ人知らず) 鏡にもかげみたらしの水の面にうつるばかりの心とを知れ
1888 第十九 神祇歌 賀茂に參りて 周防内侍 年を經て憂き影をのみみたらしの變る世もなき身をいかにせむ
1889 第十九 神祇歌 文治六年女御入内の屏風に臨時の祭かける所をよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成 月さゆるみたらし川に影見えて氷に摺れるやまあゐの袖
片岡社
191 第三 夏歌 加茂に詣でて侍りけるに人のほととぎす鳴かなむと申しけるあけぼの片岡の梢をかしく見え侍りければ 紫式部 郭公こゑ待つほどはかた岡の森のしづくに立ちや濡れまし
多田須
1220 第十三 戀歌三 宮づかへしける女を語らひ侍りけるにやむごとなき男の入り立ちて云ふけしきを見て恨みけるを女あらがひければよみ侍りける 平定文 偽をただすのもりのゆふだすきかけつつ誓へわれを思はば
1891 第十九 神祇歌 十首歌合の中に神祇をよめる 前大僧正慈圓 君を祈るこころの色を人問はばただすの宮のあけの玉垣
有巣河
827 第八 哀傷歌 禎子内親王かくれ侍りて後○子内親王かはりゐ侍りぬと聞きて罷りて見ければ何事も變らぬやうに侍りけるもいとど昔思ひ出でられて女房に申し侍りける 中院右大臣 有栖川おなじながれはかはらねど見しや昔のかげぞ忘れぬ
仮寝野辺
182 第三 夏歌 齋院に侍りける時神だちにて 式子内親王 忘れめやあふひを草にひき結びかりねの野邊の露のあけぼの
音羽
371 第四 秋歌上 題しらず 曾禰好忠 秋風の四方に吹き來る音羽山なにの草木かのどけかるべき
668 第六 冬歌 うへのおのこども曉望山雪といへるこころをつかまつりけるに 高倉院御歌 音羽山さやかにみする白雪を明けぬとつぐる鳥のこゑかな
1055 第十一 戀歌一 題しらず よみ人知らず ありとのみおとに聞きつつ音羽川わたらば袖に影も見えなむ
1726 第十八 雜歌下 權中納言通俊後拾遺撰び侍りける頃まづ片端もゆかしくなどともうして侍りければ申し合わせてこそとてまだ書もせぬ本を遣はして侍りけるを見て返し遣はすとて 周防内侍 あさからぬ心ぞ見ゆる音羽川せき入れし水の流ならねど
宇治
169 第二 春歌下 五十首歌奉りし時 寂蓮法師 暮れて行く春のみなとは知らねども霞に落つる宇治のしば舟
251 第三 夏歌 攝政太政大臣家百首歌合に鵜河をよみ侍りける 前大僧正慈圓 鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそ宇治川の夕闇のそら
1646 第十七 雜歌中 冬の頃大將はなれて歎くこと侍りける明くる年右大臣になりて奏し侍りける 東三條入道前攝政太政大臣 かかるせもありけるものを宇治川の絶えぬばかりも歎きけるかな
420 第四 秋歌上 (攝政太政大臣)家に月五十首歌よませ侍りし時 藤原定家朝臣 さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の
橋姫
611 第六 冬歌 橋上霜といへることをよみ侍りける 法印幸 かたしきの袖をや霜にかさぬらむ月に夜がるる宇治の橋姫
636 第六 冬歌 最勝四天王院の障子に宇治河かきたる所 太上天皇 橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの
637 第六 冬歌 最勝四天王院の障子に宇治河かきたる所 前大僧正慈圓 網代木にいさよふ波の音ふけてひとりや寝ぬる宇治のはし姫
742 第七 賀歌 建久七年入道前關白太政大臣宇治にて人々に歌よませ侍りけるに 前大納言隆房 嬉しさやかたしく袖につつむらむ今日待ちえたる宇治の橋姫
743 第七 賀歌 嘉應元年入道前關白太政大臣宇治にて河水久澄といふことを人々によませ侍りけるに 藤原輔朝臣 年經たる宇治の橋守こととはむ幾代になりぬ水のみなかみ
朝日山
494 第五 秋歌下 堀河院御時百首歌奉りけるに霧をよめる 權大納言公實 ふもとをば宇治の川霧たち籠めて雲居に見ゆる朝日山かな
大原
1638 第十七 雜歌中 少將井の尼大原より出でたりと聞きて遣はしける 和泉式部 世をそむく方はいづくもありぬべし大原山はすみよかりきや
1639 第十七 雜歌中 返し 少將井尼 思ふことおほ原山の炭竈はいとどなげきの數をこそ積め
690 第六 冬歌 百首歌奉りしに 式子内親王 日數ふる雪げにまさる炭竈のけぶりもさびしおほはらの里
957 第十 羇旅歌 和歌所歌合に羇中暮といふことを 皇太后宮大夫俊成女 ふるさとも秋は夕べをかたみとて風のみおくる小野の篠原
嵯峨野
1644 第十七 雜歌中 後白河院栖霞寺におはしましけるに駒引のひきわけの使にて參りけるに 藤原定家朝臣 嵯峨の山千世にふる道あととめてまた露わくる望月の駒
785 第八 哀傷歌 法輪寺に詣で侍るとて嵯峨野に大納言忠家が墓の侍りけるほとりにまかりてよみ侍りける 權中納言俊忠 さらでだに露けき嵯峨の野邊に來て昔の跡にしをれぬるかな
786 第八 哀傷歌 公時卿母身まかりて歎き侍りける頃大納言實國のもとに遣はしける 後大寺左大臣 悲しさは秋のさが野のきりぎりすなほ古里に音をや鳴くらむ
787 第八 哀傷歌 母の身まかりにけるを嵯峨の邊にをさえめ侍り夜よめる 皇太后宮大夫俊成女 今はさはうき世のさがの野邊をこそ露消えはてし跡と忍ばめ
野宮
1574 第十六 雜歌上 長月の頃野宮に前栽植ゑけるに 源順 頼もしな野の宮人の植うる花しぐるる月にあへずなるとも
大井河
253 第三 夏歌 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成 大井河かがりさし行く鵜飼舟いく瀬に夏の夜を明かすらむ
554 第六 冬歌 後冷泉院御時うへのをのこども大井河に罷りて紅葉浮水といへるこころをよみ侍りけるに 藤原資宗朝臣 いかだ士よ待てこと問はむ水上はいかばかり吹く山の嵐ぞ
555 第六 冬歌 後冷泉院御時うへのをのこども大井河に罷りて紅葉浮水といへるこころをよみ侍りけるに 大納言經信 散りかかる紅葉流れぬ大井河いづれゐぜきの水のしがらみ
556 第六 冬歌 大井河に罷りて落葉滿水といへるこころをよみ侍りける 藤原家經朝臣 高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の流れてくだる大井河かな
1194 第十三 戀歌三 題しらず 原元輔 大井川ゐせきの水のわくらばに今日とたのめし暮にやはあらぬ
嵐山
528 第五 秋歌下 大井河に罷りて紅葉見侍りけるに 藤原輔尹朝臣 思ふ事なくてぞ見ましもみぢ葉をあらしの山の麓ならずは
795 第八 哀傷歌 母のおもひに侍りける秋法輪寺に籠りて嵐のいたく吹きければ 皇太后宮大夫俊成 うき世には今はあらしの山風にこれや馴れ行くはじめなるらむ
1503 第十六 雜歌上 山里に罷りゐて侍りけるを人の訪ひ侍りければ 法印靜賢 思ひ出づる人もあらしの山の端にひとりぞ入りし有明の月
小倉山
405 第四 秋歌上 題しらず 大江千里 いづくにか今宵の月の曇るべきをぐらの山も名をやかふらむ
496 第五 秋歌下 題しらず 原深養父 鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山霧たち晴るる時にしなければ
1643 第十七 雜歌中 法輪寺に住み侍りけるに人のまうで来て暮れぬとて急ぎ侍りければ 道命法師 いつとなきをぐらの山のかげを見て暮れぬと人の急ぐなるらむ
347 第四 秋歌上 題しらず よみ人知らず をぐら山ふもとの野邊の花薄ほのかに見ゆる秋のゆふぐれ
603 第六 冬歌 題しらず 西行法師 をぐら山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな
泉河柞山
532 第五 秋歌下 (攝政太政大臣)左大將に侍りける時家に百首歌合し侍りけるに柞をよみ侍りける 藤原定家朝臣 時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森にあらし吹くらし
996 第十一 戀歌一 題しらず 中納言兼輔 みかの原わきて流るるいづみ河いつ見きとてか戀しかるらむ
531 第五 秋歌下 左大將に侍りける時家に百首歌合し侍りけるに柞をよみ侍りける 攝政太政大臣 柞原しづくも色やかはるらむ森のしたくさ秋ふけにけり
井出
162 第二 春歌下 延喜十三年亭子院歌合の歌 藤原興風 あしびきの山吹の花散りにけり井手のかはづは今や鳴くらむ
1089 第十二 戀歌二 戀歌あまたよみ侍りけるに 殷富門院大輔 洩らさばやおもふ心をさてのみはえぞやましろの井手の柵
1367 第十五 戀歌五 題しらず よみ人知らず 山城の井手の玉水手に汲みてたのみしかひもなき世なりけり
159 第二 春歌下 百首歌奉りし時 皇太后宮大夫俊成 駒とめてなほ水かはむ山吹のはなの露そふ井出の玉川
大原
1626 第十七 雜歌中 能宣朝臣大原野に詣でて侍りけるに山里のいとあやしきに住むべくもあらぬ樣なる人の侍りければいづこわたりよりすむぞなどとひければ よみ人知らず 世の中を背きにとては來しかどもなほ憂き事はおほはらの里
小塩山
727 第七 賀歌 後冷泉院をさなくおはしましける時卯杖の松を人の子にたまはせけるによみ侍りける 大貳三位 相生の小鹽の山のこ松原いまより千代のかげを待たなむ
1627 第十七 雜歌中 返事 大中臣能宣朝臣 身をばかつをしほの山と思ひつついかに定めて人の入りけむ
1899 第十九 神祇歌 大原の祭に參りて周防内侍に遣はしける 藤原伊家 千世までも心して吹けもみぢ葉を神もをしほの山おろしの風
1900 第十九 神祇歌 最勝四天王院障子に小鹽山かきたる所 前大僧正慈圓 小鹽山神のしるしをまつの葉に契りし色はかへるものかは
水無瀬川
36 第一 春歌上 をのこども詩をつくりて歌に合せ侍りしに水郷春望といふことを 太上天皇 見わたせば山もとかすむ水無瀬川夕べは秋となにおもひけむ
深草
1337 第十五 戀歌五 水無瀬の戀十五首の歌合に 藤原家隆朝臣 おもひいる身はふかくさの秋の露たのめしすゑや木枯の風
293 第四 秋歌上 千五百番歌合に 攝政太政大臣 深草の露のよすがをちぎりにて里をばかれず秋は來にけり
374 第四 秋歌上 千五百番歌合に 右衞門督通具 ふかくさの里の月かげさびしさもすみこしままの野邊の秋風
512 第五 秋歌下 千五百番歌合に 前大僧正慈圓 秋を經てあはれも露もふかくさの里とふものは鶉なりけり
伏見
291 第四 秋歌上 百首歌奉りし時 皇太后宮大夫俊成 伏見山松のかげよりみわたせばあくるたのもに秋風ぞ吹く
1165 第十三 戀歌三 題しらず よみ人知らず かりそめにふしみの野邊の草まくら露かかりきと人に語るな
673 第六 冬歌 同じ(攝政太政大臣)家にて所の名を探りて冬の歌よませ侍りけるに伏見里の雪を 藤原有家朝臣 夢かよふ道さへ絶えぬくれたけの伏見の里の雪のしたをれ
常磐山
66 第一 春歌上 百首歌奉りし時 攝政太政大臣 ときはなる山の岩根にむす苔の染めぬみどりに春雨ぞ降る
370 第四 秋歌上 題しらず 和泉式部 秋來れば常磐の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける
1615 第十七 雜歌中 題しらず 在原元方 春秋も知らぬときはの山里は住む人さへやおもがはりせぬ
大御田
1893 第十九 神祇歌 社司ども貴布禰に參りて雨乞し侍りけるついでによめる 賀茂幸平 大み田のうるほふばかりせきかけてゐせきにおとせ河上の神
清滝川
27 第一 春歌上 春歌とて 西行法師 降りつみし高嶺のみ雪解けにけり瀧川の水のしらなみ
160 第二 春歌下 堀河院御時百首歌奉りけるに 權中納言國信 岩根越すきよたき川のはやければ波をりかくるきしの山吹
634 第六 冬歌 五十首歌奉りし時 攝政太政大臣 水上やたえだえこほる岩間よりきよたき川にのこるしら波
松尾山
726 第七 賀歌 寛治八年關白前太政大臣高陽院歌合に祝のこころを 康資王母 萬代をまつの尾山のかげしげみ君をぞ祈るときはかきはに
雲林
1930 第二十 釋歌 五月ばかりに雲林院菩提講に詣でてよみ侍りける 肥後 むらさきの雲の林を見わたせば法にあふちの花咲きにけり
北野
1905 第十九 神祇歌 北野にてよみて侍りける 前大僧正慈圓 覺めぬれば思ひあはせて音をぞ泣く心づくしのいにしへの夢
淀
1218 第十三 戀歌三 題しらず 源重之 山城の淀のわか菰かりに來て袖の濡れぬとはかこたざらなむ
229 第三 夏歌 題しらず 前中納言匡房 眞菰かる淀の澤水ふかけれどそこまで月のかげはすみけり
688 第六 冬歌 鷹狩のこころをよみ侍りける 左近中將公衡 狩りくらし交野の眞柴折りしきて淀の川瀬の月を見るかな
876 第九 離別歌 七月ばかり美作へ下るとて都の人に遣はしける 前中納言匡房 みやこをば秋とともにぞたちそめし淀の河霧いくよ隔てつ
大荒木野
375 第四 秋歌上 五十首歌奉りし時杜間月と云事を 皇太后宮大夫俊成女 大荒木のもりの木の間をもりかねて人だのめなる秋の夜の月
白河
1455 第十六 雜歌上 最勝寺の櫻は鞠のかかりにて久しくなりにしをその木年經て風に倒れたるよし聞き侍りしかばをのこどもに仰せて異木をその跡に移し植ゑさせし時まづ罷りて見侍りければ數多の年々暮れにし春まで立ち馴れにけることなど思ひ出でてよみ侍りける 藤原雅經 馴れ馴れて見しはなごりの春ぞともなどしらかわの花の下蔭
800 第八 哀傷歌 世中はかなく人々多くなくなり侍りける頃中將宣方朝臣身まかりて十月ばかり白河の家にまかれりけるに紅葉の一葉殘れるを見侍りて 前大納言公任 今日來ずは見でややみなむ山里の紅葉も人も常ならぬよに
鳴滝
1860 第十九 神祇歌 この歌は身の沈めることを歎きて東の方へ罷らむと思ひ立ちける人の熊野の御前に通夜して侍りける夢に見えけるとぞ (よみ人知らず) 思ふこと身にあまるまでなる瀧のしばしよどむを何恨むらむ
月輪
150 第二 春歌下 小野宮のおほきみおひまうちぎみ月輪寺に花見侍りける日よめる 原元輔 誰がためか明日は殘さむ山ざくらこぼれて匂へ今日の形見に