明石
218 紫上 浦風や如何に吹くらむ思ひやる袖うち濡らし波間なき頃
うらかせやいかにふくらむおもひやるそてうちぬらしなみまなきころ
219源氏 海にます神の助けに掛からずは潮の八百会ひに流離へなまし
うみにますかみのたすけにかからすはしほのやほあひにさすらへなまし
220 源氏 遥かにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちに浦伝ひして
はるかにもおもひやるかなしらさりしうらよりをちにうらつたひして
221 源氏 あはと見る淡路の島の哀れさへ残る隈なく澄める夜の月
あわとみるあはちのしまのあはれさへのこるくまなくすめるよのつき
222 明石入道 一人寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦寂しさを
ひとりねはきみもしりぬやつれつれとおもひあかしのうらさひしさを
223 源氏 旅衣うら悲しさに明かしかね草の枕は夢も結ばず
たひころもうらかなしさにあかしかねくさのまくらはゆめもむすはす
224 源氏 遠近も知らぬ雲居に眺め侘び霞めし宿の梢をぞ問ふ
をちこちもしらぬくもゐになかめわひかすめしやとのこすゑをそとふ
225 明石入道 眺むらむ同じ雲居を眺むるは思ひも同じ思ひなるらむ
なかむらむおなしくもゐをなかむるはおもひもおなしおもひなるらむ
226 源氏 鬱悒くも心に物を悩むかなやよやいかにと問ふ人もなみ
いふせくもこころにものをなやむかなやよやいかにととふひともなみ
227 明石上 思ふらむ心の程ややよ如何にまだ見ぬ人の聞きか悩まむ
おもふらむこころのほとややよいかにまたみぬひとのききかなやまむ
228 源氏 秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる雲居を翔れ時の間も見む
あきのよのつきけのこまよわかこふるくもゐをかけれときのまもみむ
229 源氏 睦言を語り合はせむ人もがな憂き世の夢も半ば覚むやと
むつことをかたりあはせむひともかなうきよのゆめもなかはさむやと
230 明石上 明けぬ夜にやがて惑へる心には何れの夢と分きて語らむ
あけぬよにやかてまとへるこころにはいつれをゆめとわきてかたらむ
231 源氏 しほしほとまづぞ泣かるる仮初の海松布は海女の荒びなれども
しほしほとまつそなかるるかりそめのみるめはあまのすさひなれとも
232 紫上 裏無くも思ひけるかな契りしを待つより波は越えじもぞと
うらなくもおもひけるかなちきりしをまつよりなみはこえしものそと
233 源氏 この度は立ち別るとも藻塩焼く煙は同じ方に靡かむ
このたひはたちわかるとももしほやくけふりはおなしかたになひかむ
234 明石上 かきつめて海女の焚く藻の思ひにも今は甲斐無き恨みだにせじ
かきつめてあまのたくものおもひにもいまはかひなきうらみたにせし
235 明石上 なほざりに頼めおくめる一言を尽きせぬ音にや掛けて偲ばむ
なほさりにたのめおくめるひとことをつきせぬねにやかけてしのはむ
236 源氏 逢ふまでの形見に契る中の緒の調はことに変はらざらなむ
あふまてのかたみにちきるなかのをのしらへはことにかはらさらなむ
237 源氏 うち捨てて立つも悲しき浦波の名残如何にと思ひやるかな
うちすててたつもかなしきうらなみのなこりいかにとおもひやるかな
238 明石上 年経つる苫屋も荒れて憂き波の返る方にや身をたぐへまし
としへつるとまやもあれてうきなみのかへるかたにやみをたくへまし
239 明石上 寄る波に裁ち重ねたる旅衣塩どけしとや人の厭はむ
よるなみにたちかさねたるたひころもしほとけしとやひとのいとはむ
240 源氏 形見にぞかふべかりける逢ふことの日数隔てむ中の衣を
かたみにそかふへかりけるあふことのひかすへたてむなかのころもを
241 明石入道 世を憂みにここら塩じむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね
よをうみにここらしほしむみとなりてなほこのきしをえこそはなれね
242 源氏 都出し春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋
みやこいてしはるのなけきにおとらめやとしふるうらをわかれぬるあき
243 源氏 海神にしなえうらぶれ蛭の子の脚立たざりし年は経にける
わたつうみにしつみうらふれひるのこのあしたたさりしとしはへにけり
244 朱雀院 宮柱巡り逢ひける時しあれば別れし春の恨み残すな
みやはしらめくりあひけるときしあれはわかれしはるのうらみのこすな
245 源氏 嘆きつつ明石の浦に朝霧の立つやと人を思ひやるかな
なけきつつあかしのうらにあさきりのたつやとひとをおもひやるかな
246 筑紫五節 須磨の浦に心を寄せし舟人のやがて朽たせる袖を見せばや
すまのうらにこころをよせしふなひとのやかてくたせるそてをみせはや
247 源氏 返りはかごとやせまし寄せたりし名残に袖の干難りしを
かへりてはかことやせましよせたりしなこりにそてのひかたかりしを
澪標
248 源氏 予てより隔てぬ仲と倣はねど別れは惜しき物にぞありける
かねてよりへたてぬなかとならはねとわかれはをしきものにそありける
249 明石姫乳母 うちつけの別れを惜しむ託言にて思はむ方に慕ひやはせぬ
うちつけのわかれををしむかことにておもはむかたにしたひやはせぬ
250 源氏 何時しかも袖打ち掛けむ少女子が世を経て撫づる岩の生ひ先
いつしかもそてうちかけむをとめこかよをへてなつるいはのおひさき
251 明石上 一人して撫づるは袖の程なきに覆ふばかりの蔭をしぞ待つ
ひとりしてなつるはそてのほとなきにおほふはかりのかけをしそまつ
252 紫上 思ふどち靡く方には非ずとも我ぞ煙に先立ちなまし
おもふとちなひくかたにはあらすともわれそけふりにさきたちなまし
253 源氏 誰により世を海山に行き巡り絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
たれによりよをうみやまにゆきめくりたえぬなみたにうきしつむみそ
254 源氏 海松や時ぞとも無き蔭に居て何の菖蒲も如何に分くらむ
うみまつやときそともなきかけにゐてなにのあやめもいかにわくらむ
255 明石上 数ならぬみ島隠れに泣く鶴を今日も如何にと訪ふ人ぞ無き
かすならぬみしまかくれになくたつをけふもいかにととふひとそなき
256 花散里 水鶏だに驚かさずは如何にして荒れたる宿に月を入れまし
くひなたにおとろかさすはいかにしてあれたるやとにつきをいれまし
257 源氏 押し並べて敲く水鶏に驚かば上の空なる月もこそ入れ
おしなへてたたくくひなにおとろかはうはのそらなるつきもこそいれ
258 惟光 住吉の先づこそ物は悲しけれ神代の事を掛けて思へば
すみよしのまつこそものはかなしけれかみよのことをかけておもへは
259 源氏 荒かりし波の迷ひに住吉の神をば掛けて忘れやはする
あらかりしなみのまよひにすみよしのかみをはかけてわすれやはする
260 源氏 身を尽くし恋ふる標にここまでも巡り逢ひける縁は深しな
みをつくしこふるしるしにここまてもめくりあひけるえにはふかしな
261 明石上 数ならで難波の事も甲斐無きになど身を尽くし思ひ初めけむ
かすならてなにはのこともかひなきになとみをつくしおもひそめけむ
262 源氏 露けさの昔に似たる旅衣田蓑の嶋の名には隠れず
つゆけさのむかしににたるたひころもたみののしまのなにはかくれす
263 源氏 降り乱れ隙無き空に亡き人の天翔るらむ宿ぞ悲しき
ふりみたれひまなきそらになきひとのあまかけるらむやとそかなしき
218 紫上 浦風や如何に吹くらむ思ひやる袖うち濡らし波間なき頃
うらかせやいかにふくらむおもひやるそてうちぬらしなみまなきころ
219源氏 海にます神の助けに掛からずは潮の八百会ひに流離へなまし
うみにますかみのたすけにかからすはしほのやほあひにさすらへなまし
220 源氏 遥かにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちに浦伝ひして
はるかにもおもひやるかなしらさりしうらよりをちにうらつたひして
221 源氏 あはと見る淡路の島の哀れさへ残る隈なく澄める夜の月
あわとみるあはちのしまのあはれさへのこるくまなくすめるよのつき
222 明石入道 一人寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしの浦寂しさを
ひとりねはきみもしりぬやつれつれとおもひあかしのうらさひしさを
223 源氏 旅衣うら悲しさに明かしかね草の枕は夢も結ばず
たひころもうらかなしさにあかしかねくさのまくらはゆめもむすはす
224 源氏 遠近も知らぬ雲居に眺め侘び霞めし宿の梢をぞ問ふ
をちこちもしらぬくもゐになかめわひかすめしやとのこすゑをそとふ
225 明石入道 眺むらむ同じ雲居を眺むるは思ひも同じ思ひなるらむ
なかむらむおなしくもゐをなかむるはおもひもおなしおもひなるらむ
226 源氏 鬱悒くも心に物を悩むかなやよやいかにと問ふ人もなみ
いふせくもこころにものをなやむかなやよやいかにととふひともなみ
227 明石上 思ふらむ心の程ややよ如何にまだ見ぬ人の聞きか悩まむ
おもふらむこころのほとややよいかにまたみぬひとのききかなやまむ
228 源氏 秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる雲居を翔れ時の間も見む
あきのよのつきけのこまよわかこふるくもゐをかけれときのまもみむ
229 源氏 睦言を語り合はせむ人もがな憂き世の夢も半ば覚むやと
むつことをかたりあはせむひともかなうきよのゆめもなかはさむやと
230 明石上 明けぬ夜にやがて惑へる心には何れの夢と分きて語らむ
あけぬよにやかてまとへるこころにはいつれをゆめとわきてかたらむ
231 源氏 しほしほとまづぞ泣かるる仮初の海松布は海女の荒びなれども
しほしほとまつそなかるるかりそめのみるめはあまのすさひなれとも
232 紫上 裏無くも思ひけるかな契りしを待つより波は越えじもぞと
うらなくもおもひけるかなちきりしをまつよりなみはこえしものそと
233 源氏 この度は立ち別るとも藻塩焼く煙は同じ方に靡かむ
このたひはたちわかるとももしほやくけふりはおなしかたになひかむ
234 明石上 かきつめて海女の焚く藻の思ひにも今は甲斐無き恨みだにせじ
かきつめてあまのたくものおもひにもいまはかひなきうらみたにせし
235 明石上 なほざりに頼めおくめる一言を尽きせぬ音にや掛けて偲ばむ
なほさりにたのめおくめるひとことをつきせぬねにやかけてしのはむ
236 源氏 逢ふまでの形見に契る中の緒の調はことに変はらざらなむ
あふまてのかたみにちきるなかのをのしらへはことにかはらさらなむ
237 源氏 うち捨てて立つも悲しき浦波の名残如何にと思ひやるかな
うちすててたつもかなしきうらなみのなこりいかにとおもひやるかな
238 明石上 年経つる苫屋も荒れて憂き波の返る方にや身をたぐへまし
としへつるとまやもあれてうきなみのかへるかたにやみをたくへまし
239 明石上 寄る波に裁ち重ねたる旅衣塩どけしとや人の厭はむ
よるなみにたちかさねたるたひころもしほとけしとやひとのいとはむ
240 源氏 形見にぞかふべかりける逢ふことの日数隔てむ中の衣を
かたみにそかふへかりけるあふことのひかすへたてむなかのころもを
241 明石入道 世を憂みにここら塩じむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね
よをうみにここらしほしむみとなりてなほこのきしをえこそはなれね
242 源氏 都出し春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋
みやこいてしはるのなけきにおとらめやとしふるうらをわかれぬるあき
243 源氏 海神にしなえうらぶれ蛭の子の脚立たざりし年は経にける
わたつうみにしつみうらふれひるのこのあしたたさりしとしはへにけり
244 朱雀院 宮柱巡り逢ひける時しあれば別れし春の恨み残すな
みやはしらめくりあひけるときしあれはわかれしはるのうらみのこすな
245 源氏 嘆きつつ明石の浦に朝霧の立つやと人を思ひやるかな
なけきつつあかしのうらにあさきりのたつやとひとをおもひやるかな
246 筑紫五節 須磨の浦に心を寄せし舟人のやがて朽たせる袖を見せばや
すまのうらにこころをよせしふなひとのやかてくたせるそてをみせはや
247 源氏 返りはかごとやせまし寄せたりし名残に袖の干難りしを
かへりてはかことやせましよせたりしなこりにそてのひかたかりしを
澪標
248 源氏 予てより隔てぬ仲と倣はねど別れは惜しき物にぞありける
かねてよりへたてぬなかとならはねとわかれはをしきものにそありける
249 明石姫乳母 うちつけの別れを惜しむ託言にて思はむ方に慕ひやはせぬ
うちつけのわかれををしむかことにておもはむかたにしたひやはせぬ
250 源氏 何時しかも袖打ち掛けむ少女子が世を経て撫づる岩の生ひ先
いつしかもそてうちかけむをとめこかよをへてなつるいはのおひさき
251 明石上 一人して撫づるは袖の程なきに覆ふばかりの蔭をしぞ待つ
ひとりしてなつるはそてのほとなきにおほふはかりのかけをしそまつ
252 紫上 思ふどち靡く方には非ずとも我ぞ煙に先立ちなまし
おもふとちなひくかたにはあらすともわれそけふりにさきたちなまし
253 源氏 誰により世を海山に行き巡り絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
たれによりよをうみやまにゆきめくりたえぬなみたにうきしつむみそ
254 源氏 海松や時ぞとも無き蔭に居て何の菖蒲も如何に分くらむ
うみまつやときそともなきかけにゐてなにのあやめもいかにわくらむ
255 明石上 数ならぬみ島隠れに泣く鶴を今日も如何にと訪ふ人ぞ無き
かすならぬみしまかくれになくたつをけふもいかにととふひとそなき
256 花散里 水鶏だに驚かさずは如何にして荒れたる宿に月を入れまし
くひなたにおとろかさすはいかにしてあれたるやとにつきをいれまし
257 源氏 押し並べて敲く水鶏に驚かば上の空なる月もこそ入れ
おしなへてたたくくひなにおとろかはうはのそらなるつきもこそいれ
258 惟光 住吉の先づこそ物は悲しけれ神代の事を掛けて思へば
すみよしのまつこそものはかなしけれかみよのことをかけておもへは
259 源氏 荒かりし波の迷ひに住吉の神をば掛けて忘れやはする
あらかりしなみのまよひにすみよしのかみをはかけてわすれやはする
260 源氏 身を尽くし恋ふる標にここまでも巡り逢ひける縁は深しな
みをつくしこふるしるしにここまてもめくりあひけるえにはふかしな
261 明石上 数ならで難波の事も甲斐無きになど身を尽くし思ひ初めけむ
かすならてなにはのこともかひなきになとみをつくしおもひそめけむ
262 源氏 露けさの昔に似たる旅衣田蓑の嶋の名には隠れず
つゆけさのむかしににたるたひころもたみののしまのなにはかくれす
263 源氏 降り乱れ隙無き空に亡き人の天翔るらむ宿ぞ悲しき
ふりみたれひまなきそらになきひとのあまかけるらむやとそかなしき