蓬生
265 末摘花 たゆまじき筋を頼みし玉鬘思ひの他に掛け離れぬる
たゆましきすちをたのみしたまかつらおもひのほかにかけはなれぬる
266 末摘花侍従 玉鬘絶えても止まじ行く道の手向けの神も掛けて誓はむ
たまかつらたえてもやましゆくみちのたむけのかみもかけてちかはむ
267 末摘花 亡き人を恋ふる袂の隙無きに荒れたる軒の滴さへ添ふ
なきひとをこふるたもとのひまなきにあれたるのきのしつくさへそふ
268 源氏 尋ねても我こそ訪はめ道も無く深き蓬のもとの心を
たつねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもきのもとのこころを
269 源氏 藤波の打ち過ぎ難き見えつるは松こそ宿の標なりけれ
ふちなみのうちすきかたくみえつるはまつこそやとのしるしなりけれ
270 末摘花 年を経て待つ徴無き我が宿の花の便りに過ぎぬばかりか
としをへてまつしるしなきわかやとをはなのたよりにすきぬはかりか
関屋
271 空蝉 行くと来と堰き止め難き涙をや耐えぬ清水と人は見るらむ
ゆくとくとせきとめかたきなみたをやたえぬしみつとひとはみるらむ
272 源氏 わくらばに行き逢ふ道を頼みしもなほ甲斐なしや塩ならぬ海
わくらはにゆきあふみちをたのみしもなほかひなしやしほならぬうみ
273 空蝉 逢坂の関やいかなる関なれば繁き嘆きの中を分くらむ
あふさかのせきやいかなるせきなれはしけきなけきのなかをわくらむ
絵合
274 朱雀院 わかれちにそへしをとしをかことにてはるけきなかとかみやいさめし
わかれちにそへしをとしをかことにてはるけきなかとかみやいさめし
275 秋好中宮 別るとて遥かに言ひし人ごとも帰りてものは今ぞ悲しき
わかるとてはるかにいひしひとこともかへりてものはいまそかなしき
276 紫上 一人居て嘆きしよりは海人の住む方を書くてぞ見るべかりける
ひとりゐてなけきしよりはあまのすむかたをかくてそみるへかりける
277 源氏 憂き目見しその折よりも今日はまた過ぎにし方に返る涙か
うきめみしそのをりよりもけふはまたすきにしかたにかへるなみたか
278 平典侍 伊勢の海の深き心を辿らずて経りにし跡と波や消つべき
いせのうみのふかきこころをたとらすてふりにしあととなみやけつへき
279 大弐典侍 雲の上に思ひ上れる心には千尋の底も遥かにぞ見る
くものうへにおもひのほれるこころにはちひろのそこもはるかにそみる
280 藤壺宮 みるめこそうらふりぬらめ年経にし伊勢をの海人の名をや沈めむ
みるめこそうらふりぬらめとしへにしいせをのあまのなをやしつめむ
281 朱雀院 身こそかくしめの外なれそのかみの心のうちを忘れしもせず
みこそかくしめのほかなれそのかみのこころのうちをわすれしもせす
282 秋好中宮 しめのうちはむかしにあらぬここちしてかみよのこともいまそこひしき
しめのうちはむかしにあらぬここちしてかみよのこともいまそこひしき
松風
283 明石入道 行く先を遥かに祈る別れ路に耐へぬは老いの涙なりけり
ゆくさきをはるかにいのるわかれちにたへぬはおいのなみたなりけり
28 明石尼君 諸共に都は出できこの度や一人野中の道に惑はむ
もろともにみやこはいてきこのたひやひとりのなかのみちにまとはむ
285 明石上 生きて又逢ひ見むことを何時とてか限りも知らぬ世をば頼まむ
いきてまたあひみむことをいつとてかかきりもしらぬよをはたのまむ
286 明石尼君 彼の岸に心寄りにし尼舟の背きし方に漕ぎ帰るかな
かのきしにこころよりにしあまふねのそむきしかたにこきかへるかな
287 明石上 幾返り行き交ふ秋を過ぐしつつ浮木に乗りて我帰るらむ
いくかへりゆきかふあきをすくしつつうききにのりてわれかへるらむ
288 明石尼君 身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く
みをかへてひとりかへれるやまさとにききしににたるまつかせそふく
289 明石上 故郷に見し世の友を恋侘びて囀る事を誰か分くらむ
ふるさとにみしよのともをこひわひてさへつることをたれかわくらむ
290 明石尼君 住み慣れし人は帰りて辿れども清水は宿の主顔なる
すみなれしひとはかへりてたとれともしみつはやとのあるしかほなる
291 源氏 いさら井は早くの事も忘れじを元の主や面変はりせる
いさらゐははやくのこともわすれしをもとのあるしやおもかはりせる
292 源氏 契りしに変はらぬ事の調べにて絶えぬ心の程は知りきや
ちきりしにかはらぬことのしらへにてたえぬこころのほとはしりきや
293 明石上 変はらじと契りし事を頼みにて松の響きに音を添へしかな
かはらしとちきりしことをたのみにてまつのひひきにねをそへしかな
294 冷泉帝 月の澄む川の遠なる里なれば桂の影は長閑けかるらむ
つきのすむかはのをちなるさとなれはかつらのかけはのとけかるらむ
295 源氏 久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山里
ひさかたのひかりにちかきなのみしてあさゆふきりもはれぬやまさと
296 源氏 廻り来て手に取るばかりさやけきや淡路の島の淡と見し月
めくりきててにとるはかりさやけきやあはちのしまのあわとみしつき
297 頭中将 浮雲に暫し紛ひし月影の澄み果つる世ぞ長閑けかるべき
うきくもにしはしまかひしつきかけのすみはつるよそのとけかるへき
298 右大弁 雲の上の棲家を捨てて夜半の月何れの谷に影隠しけむ
くものうへのすみかをすててよはのつきいつれのたににかけかくしけむ
299 紫上 雪深み深山の道は晴れずともなほ踏み通へ跡絶えずして
ゆきふかみみやまのみちははれすともなほふみかよへあとたえすして
薄雲
300 明石姫乳母 雪間無き吉野の山を訪ねても心の通ふ跡絶えめやは
ゆきまなきよしののやまをたつねてもこころのかよふあとたえめやは
301 明石上 末遠き双葉の松に引き別れ何時か木高き蔭を見るべき
すゑとほきふたはのまつにひきわかれいつかこたかきかけをみるへき
302 源氏 生ひ初めし根も深ければ武隈の松に小松の千代を並べむ
おひそめしねもふかけれはたけくまのまつにこまつのちよをならへむ
303 紫上 舟止むる遠方人のなくはこそ明日帰り来む夫と待ち見め
ふねとむるをちかたひとのなくはこそあすかへりこむつまとまちみめ
304 源氏 行きて見て明日もさね来む中々に遠方人は心置くとも
ゆきてみてあすもさねこむなかなかにをちかたひとはこころおくとも
305 源氏 入り日挿す峰に棚引く薄雲は物思ふ袖に色や紛へる
いりひさすみねにたなひくうすくもはものおもふそてにいろやまかへる
306 源氏 君もさは哀れを交はせ人知れず我が身に染むる秋の夕風
きみもさはあはれをかはせひとしれすわかみにしむるあきのゆふかせ
307 明石上 漁りせし影忘られぬ篝火は身の浮舟や慕ひ来にけむ
いさりせしかけわすられぬかかりひはみのうきふねやしたひきにけむ
308 源氏 浅からぬ下の思ひを知らねばやなほ篝火の影は騒げる
あさからぬしたのおもひをしらねはやなほかかりひのかけはさわける
265 末摘花 たゆまじき筋を頼みし玉鬘思ひの他に掛け離れぬる
たゆましきすちをたのみしたまかつらおもひのほかにかけはなれぬる
266 末摘花侍従 玉鬘絶えても止まじ行く道の手向けの神も掛けて誓はむ
たまかつらたえてもやましゆくみちのたむけのかみもかけてちかはむ
267 末摘花 亡き人を恋ふる袂の隙無きに荒れたる軒の滴さへ添ふ
なきひとをこふるたもとのひまなきにあれたるのきのしつくさへそふ
268 源氏 尋ねても我こそ訪はめ道も無く深き蓬のもとの心を
たつねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもきのもとのこころを
269 源氏 藤波の打ち過ぎ難き見えつるは松こそ宿の標なりけれ
ふちなみのうちすきかたくみえつるはまつこそやとのしるしなりけれ
270 末摘花 年を経て待つ徴無き我が宿の花の便りに過ぎぬばかりか
としをへてまつしるしなきわかやとをはなのたよりにすきぬはかりか
関屋
271 空蝉 行くと来と堰き止め難き涙をや耐えぬ清水と人は見るらむ
ゆくとくとせきとめかたきなみたをやたえぬしみつとひとはみるらむ
272 源氏 わくらばに行き逢ふ道を頼みしもなほ甲斐なしや塩ならぬ海
わくらはにゆきあふみちをたのみしもなほかひなしやしほならぬうみ
273 空蝉 逢坂の関やいかなる関なれば繁き嘆きの中を分くらむ
あふさかのせきやいかなるせきなれはしけきなけきのなかをわくらむ
絵合
274 朱雀院 わかれちにそへしをとしをかことにてはるけきなかとかみやいさめし
わかれちにそへしをとしをかことにてはるけきなかとかみやいさめし
275 秋好中宮 別るとて遥かに言ひし人ごとも帰りてものは今ぞ悲しき
わかるとてはるかにいひしひとこともかへりてものはいまそかなしき
276 紫上 一人居て嘆きしよりは海人の住む方を書くてぞ見るべかりける
ひとりゐてなけきしよりはあまのすむかたをかくてそみるへかりける
277 源氏 憂き目見しその折よりも今日はまた過ぎにし方に返る涙か
うきめみしそのをりよりもけふはまたすきにしかたにかへるなみたか
278 平典侍 伊勢の海の深き心を辿らずて経りにし跡と波や消つべき
いせのうみのふかきこころをたとらすてふりにしあととなみやけつへき
279 大弐典侍 雲の上に思ひ上れる心には千尋の底も遥かにぞ見る
くものうへにおもひのほれるこころにはちひろのそこもはるかにそみる
280 藤壺宮 みるめこそうらふりぬらめ年経にし伊勢をの海人の名をや沈めむ
みるめこそうらふりぬらめとしへにしいせをのあまのなをやしつめむ
281 朱雀院 身こそかくしめの外なれそのかみの心のうちを忘れしもせず
みこそかくしめのほかなれそのかみのこころのうちをわすれしもせす
282 秋好中宮 しめのうちはむかしにあらぬここちしてかみよのこともいまそこひしき
しめのうちはむかしにあらぬここちしてかみよのこともいまそこひしき
松風
283 明石入道 行く先を遥かに祈る別れ路に耐へぬは老いの涙なりけり
ゆくさきをはるかにいのるわかれちにたへぬはおいのなみたなりけり
28 明石尼君 諸共に都は出できこの度や一人野中の道に惑はむ
もろともにみやこはいてきこのたひやひとりのなかのみちにまとはむ
285 明石上 生きて又逢ひ見むことを何時とてか限りも知らぬ世をば頼まむ
いきてまたあひみむことをいつとてかかきりもしらぬよをはたのまむ
286 明石尼君 彼の岸に心寄りにし尼舟の背きし方に漕ぎ帰るかな
かのきしにこころよりにしあまふねのそむきしかたにこきかへるかな
287 明石上 幾返り行き交ふ秋を過ぐしつつ浮木に乗りて我帰るらむ
いくかへりゆきかふあきをすくしつつうききにのりてわれかへるらむ
288 明石尼君 身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く
みをかへてひとりかへれるやまさとにききしににたるまつかせそふく
289 明石上 故郷に見し世の友を恋侘びて囀る事を誰か分くらむ
ふるさとにみしよのともをこひわひてさへつることをたれかわくらむ
290 明石尼君 住み慣れし人は帰りて辿れども清水は宿の主顔なる
すみなれしひとはかへりてたとれともしみつはやとのあるしかほなる
291 源氏 いさら井は早くの事も忘れじを元の主や面変はりせる
いさらゐははやくのこともわすれしをもとのあるしやおもかはりせる
292 源氏 契りしに変はらぬ事の調べにて絶えぬ心の程は知りきや
ちきりしにかはらぬことのしらへにてたえぬこころのほとはしりきや
293 明石上 変はらじと契りし事を頼みにて松の響きに音を添へしかな
かはらしとちきりしことをたのみにてまつのひひきにねをそへしかな
294 冷泉帝 月の澄む川の遠なる里なれば桂の影は長閑けかるらむ
つきのすむかはのをちなるさとなれはかつらのかけはのとけかるらむ
295 源氏 久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山里
ひさかたのひかりにちかきなのみしてあさゆふきりもはれぬやまさと
296 源氏 廻り来て手に取るばかりさやけきや淡路の島の淡と見し月
めくりきててにとるはかりさやけきやあはちのしまのあわとみしつき
297 頭中将 浮雲に暫し紛ひし月影の澄み果つる世ぞ長閑けかるべき
うきくもにしはしまかひしつきかけのすみはつるよそのとけかるへき
298 右大弁 雲の上の棲家を捨てて夜半の月何れの谷に影隠しけむ
くものうへのすみかをすててよはのつきいつれのたににかけかくしけむ
299 紫上 雪深み深山の道は晴れずともなほ踏み通へ跡絶えずして
ゆきふかみみやまのみちははれすともなほふみかよへあとたえすして
薄雲
300 明石姫乳母 雪間無き吉野の山を訪ねても心の通ふ跡絶えめやは
ゆきまなきよしののやまをたつねてもこころのかよふあとたえめやは
301 明石上 末遠き双葉の松に引き別れ何時か木高き蔭を見るべき
すゑとほきふたはのまつにひきわかれいつかこたかきかけをみるへき
302 源氏 生ひ初めし根も深ければ武隈の松に小松の千代を並べむ
おひそめしねもふかけれはたけくまのまつにこまつのちよをならへむ
303 紫上 舟止むる遠方人のなくはこそ明日帰り来む夫と待ち見め
ふねとむるをちかたひとのなくはこそあすかへりこむつまとまちみめ
304 源氏 行きて見て明日もさね来む中々に遠方人は心置くとも
ゆきてみてあすもさねこむなかなかにをちかたひとはこころおくとも
305 源氏 入り日挿す峰に棚引く薄雲は物思ふ袖に色や紛へる
いりひさすみねにたなひくうすくもはものおもふそてにいろやまかへる
306 源氏 君もさは哀れを交はせ人知れず我が身に染むる秋の夕風
きみもさはあはれをかはせひとしれすわかみにしむるあきのゆふかせ
307 明石上 漁りせし影忘られぬ篝火は身の浮舟や慕ひ来にけむ
いさりせしかけわすられぬかかりひはみのうきふねやしたひきにけむ
308 源氏 浅からぬ下の思ひを知らねばやなほ篝火の影は騒げる
あさからぬしたのおもひをしらねはやなほかかりひのかけはさわける