壬生忠見 俊成三十六人歌合 画家不明歌仙絵色紙コレクション
右 壬生忠見 戀すてふ我名は まだき 立にけり 人しれずこそ おもひ 初し か 拾遺集 天暦御時歌合 壬生忠見 恋すてふわが名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか 俊成三十六人歌合 定家八代抄 百人一首 十九 打曇 上藍下紫 令和2年3月13日 七/拾枚
View Article平兼盛 公任俊成三十六歌仙 画家不明歌仙絵色紙コレクション
左 平兼盛 暮て行秋の 形見に をく物は 我もと ゆひの 霜にぞ 有ける 拾遺集 暮の秋重之が消息して侍りける返り事に 平兼盛 暮れてゆく秋の形見におくものは我が元結の霜にぞありける 公任三十六人撰 俊成三十六人歌合 和漢朗詠集 時代不同歌合 廿 打曇 上藍下紫 令和2年3月13日 七/拾枚
View Article中務 俊成三十六人歌合 画家不明歌仙絵色紙コレクション
右 中務 秋風の吹に つけても とはぬかな おぎの 葉ならば 音はして まし 後撰集 平かねきがやうやう離がたに なりにければつかはしける 中務 秋風の吹くにつけてもとはぬかな荻の葉ならば音はしてまし 俊成三十六人歌合 和漢朗詠集 時代不同歌合 女房三十六歌仙 廿一 打曇 上藍下紫...
View Article冬歌 波間 実定、家隆 筆者不明掛軸コレクション
新古今和歌集 冬 後徳大寺左大臣 ゆふなぎにと渡る千どり 浪まより みゆるこじまの 雲にきえぬる 藤原家隆朝臣 しがの浦や遠ざかる なみま よりこ ほりていづる 在明の月 新古今和歌集 巻第六 冬歌 題しらず 後徳大寺左大臣 夕なぎにとわたる千鳥波間より見ゆるこじまの雲に消えぬる...
View Article百人一首 絵抄 蔵書
宝暦六子正月吉日新古今 秋哥寂蓮法師むら雨の露も まだひぬ槙の葉に 霧たち のぼる秋の夕ぐれ新古今㐧十一恋哥式子内親王玉の緒よたえ なば絶えね ながらへば忍ぶることのよはりも ぞす る新古今㐧三夏哥 持統天●春過て 夏きにけらし白妙のころも ほすてふあま のかぐ 山新古今㐧十八雑哥藤原清輔朝臣ながらへば又 このごろや忍はれんうし と見し 世ぞ今は恋し き延享戊辰六月吉日書之...
View Article新古今集詞書論 蔵書
新典社選書 6 新古今集詞書論 武井 和人 著 新典社 新典社選書 新古今集詞書論 著者:武井和人 初版:1993年6月15日 発行:新典社 目次 一 はじめに 二 <き>と<けり>の書き分けから 1 問題の所在 2 話者=後鳥羽院の可能性 3 臣下の立場と院の立場 4 院主催の歌会・歌合等における<し>と<ける> 5...
View Article百人一首 絵抄2 蔵書
新古今 㐧四秋哥参議雅經 見よし野ゝ山の 秋風小夜更て 故郷さむ く 衣 うつ なり 新古今㐧十三恋哥儀同三司母 忘れじの行末 までは かたければ けふを かぎり の 命 とも がな 新古今㐧十五雑哥紫式部 めぐり あひて見しや それとも わかぬまに 雲がくれ にし 夜半 の月 かな 新古今㐧四 秋哥左京大夫顕輔 秋風に たなびく...
View Article都名所図会 仏光寺 蔵書
佛光寺 玄関 集会所 本堂 集会所 阿弥陀堂 勧化所 汁谷山佛光寺は五條坊門通にあり。(初は興正寺と号す)宗旨は親鸞聖人の弘法にして佛光寺 派と称す。本堂には開山親鸞聖人自作の御影を安置す。(坐像にして...
View Article百人一首 絵抄3 蔵書
新古 今㐧後京極摂政太政大臣 五秋哥 きり/"\なくや 霜夜の さむしろに ころも かたし く 獨り かもねむ 新古今㐧十一恋哥中納言兼輔 みかの原わきて ながるゝ 泉河 いつみ き とてか 恋し かるらん新古今㐧十恋哥 曽祢好忠 由良の とを わたる 舟人 かぢを たえ 行 衛 も しらぬ 恋の道哉...
View Article百人一首絵抄 かささぎの渡せる橋
新古今㐧六冬部中納言家持 鵲のわたせる はしにをく 霜の しろきを 見れば 夜ぞ 更にける 此心はらうよひに月をち からすなきて霜てんに みつといへる詩の心なり。かさ さぎからすの事なり。七 夕のあふ時からすのはをな らべてはしなすをうじやく かうやうのはしうかたと人いとひ 人の七夕をゝやみ天にさへあ ふ事のあれば也。我があふと といつるあはんと云事なり。 浮世絵 百人一首絵抄 六...
View Article百人一首拾穂抄 持統天皇
四十一代 持統天皇 高天原廣野天皇日本紀諱鸕野讃良皇女同 女帝 在位十一年 藤原都 日本紀ニ云天智天皇㐧二皇女ナリ。母曰遠智娘(紹運録ニ云越智姫 大臣蘇我石川丸女)孝徳ノ元年ニ降誕(紹運録)天皇四年正月 即ク天皇ノ位ニ八年十二月遷藤原ノ宮ニ(大和高市郡日本紀) 大宝二年十二月十日ニ崩ステン天武天皇ノ后草壁皇子ノ母(紹運録) 春すぎて夏来にけらししろたへの衣ほすてふ天のかぐ山...
View Article都名所図会 島原
嶋原 出口にて けいせい の 賢なるは 此柳 哉 其角 嶋原傾城町は朱雀野にあり。此所上古は鴻臚館の地なり。中頃は観喜壽院 の封境にして西口の畠の字を堂の口といふ。又傾城郭は万里小路(今の柳馬場なり) 二條の南方三町なり。其先は東山殿(義政公))遊宴の地なり。天正十七年原三郎 左衞門林又一郎といふ浪人上訴によつて傾城町を免許せられ一の郭をひらき...
View Article秋歌上 立秋 筆者不明断簡コレクション
藤原季通朝臣 このねぬる夜のまに秋はきにけらしあさけの風 の昨日にもにぬ 文治六年女御入内屏風に 後徳大寺左大臣 いつもきく麓の里とおもへども昨日にかはる山 下風のかぜ 百首哥よみ侍ける中に 藤原家隆朝臣 昨日までとはんと思ひし津の国の生田のもりに...
View Article都名所図会 手洗水 蔵書
手洗水は 烏丸通錦 小路の北に あり。むかし 大政所町に 祇園神輿の 御旅所ありし とき参詣の輩 こゝにて手水 なしけり。 此例により 今も六月 七日より 十四日まで 井を ひらきて 手水所と する也。 凄冷たる 清泉にて 比類なし。 此水を服すれば 疫を のがるゝ とぞ。
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